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半纏の源流

半纏の源流に関しては様々な諸説がございますので、一概に申し上げることはできません。こちらでは有力な一説を、そのなかからご紹介させていただきます。ご参考程度にご一読いただけますと幸いでございます。


【半纏の源流は中国より】

古来より日本は、中国の先進的な制度や文化など、様々なものを導入し、そこから日本オリジナルのものへと発展させて参りました。

半纏も同様で、その大元となったのは、隋や唐の時代に宮廷で用いられていた、「半臂(はんぴ)」という衣服だったと一説にはいわれております。ちなみに、袖の長さが肩とひじのあいだほどで、着丈は腰の高さ程のものでした。

この「半臂(はんぴ)」は、日本でも皇族や貴族のみ着用が認められた、大変高貴なものでした。「袍(ほう)」と呼ばれる、宮廷に出仕する際に用いられた上衣の下に着る衣服として製作されていました。

現在の半纏のように、激安で手に入る庶民的なものでは無かったことが分かります。


【江戸時代の財政逼迫と半纏の隆盛】

250年にも及ぶ大安の世を誇った江戸時代ですが、その財政状態は鉱山資源の枯渇と東照宮の建造などにより、三代家光の頃には、早々に苦しい状態に陥っておりました。

こうした幕府の財政逼迫と、奢侈禁止令(贅沢を禁ずる法律)の結果、高級品であった羽織を簡略化したものとして、格安綿素材を利用した「半纏」が広く作成され認識されるようになりました。

余談になりますが、江戸時代、花形の職業であった「火消し」の男性たちが、それぞれグループのシンボルをプリント印刷した、お揃いの半纏を制作し身につけていました。

そのことが、半纏の認知と人気拡大に一役買ったともいわれております。


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